仕事を辞める

 仕事を辞める。

 元々美大に行くことを親から了承してもらった時に、今の就職先が決まっていた。ある意味で就活で悩むことはなかった。

 好きなことを仕事にしている同級生が多い中、美術のびの字もない就職先に、内定が出た時もなんの感慨もわかなかった。こうやって生きてきたからこうやって生きていくんだろうと思ったぐらいだ。

 


 大きな会社の中で配属された中枢から遠く離れた離島のような部署は女の人しかいなかった。みんなびっくりするくらいのんびりしていて、びっくりするくらいに優しかった。

 わたしは、大学ではじめてまともな体育会系の部活をした時に、集団行動に対して著しく拒否反応が出たのがコンプレックスで大学時代とにかく沢山のアルバイトをした。ゆるいバイト、きついバイト、色々あったけどその中でも最もゆるい職場だと思った。今もその認識は変わらない。

 


 そんな中で、早口で現場の職員をまくしたてている課長に出会った。課長は本当に口調がきつく、口がうまく、2時間以上の残業が常態化している職場において定時退社をし、べらぼうに仕事ができた。優しくのんびりした職員に納期や締日を急かし、書類上の些細なミスに金切声をあげて、時に職員を泣かす課長に、例に漏れずわたしもよく怒られた。

 このご時世に、訴えたら必ずパワハラになるようなこともたくさん言われた。1年目は帰りが終電ギリギリになることもままあった。

 そしてそんな課長は部署の中で浮いていた。はっきりと本人に悪口を言う人もいた。人事に相談に行く人もいた。わたしも他部署の偉い人から課長は新人に対して特に厳しいから、どうしても辛かったら相談しておいでと何度か言われた。

 わたしは何故か当時から課長のことが嫌いではなかった。今でも不思議だ。

 


 仕事を辞めます、と転職先の内定が出た次の日に言いに行った。その場では「そう、残念だわ。」と思ってもない口調でひとこと返されただけだった。

 2日後、デスクに置き手紙があった。「今日、夜空いてたら飲みに行きましょう。」とだけあった。コロナ禍に就職したわたしは職場の飲み会というものを経験したことがなかったため、いきなり部署の1番偉い人と2人で飲みに行くのはかなり緊張した。

 時間をずらして駅前で集合して、街中のカウンタータイプの料理屋に来た時は正直生きた心地がしなかった。

 


 課長は酒の席でわたしの話を聞きたがった。わたしは下戸なのでお酒を飲まなかったが、とても緊張していたので自分の身の上をできるだけ軽めに話した。美大の話を聞きたいとのことだったので、美大でない人が望む美大のキャッチーなエピソードのいくつかを話した。

 わたしは課長の話も聞きたかった。課長は自分のプライベートな話を一切しない人だったので、部署の人は課長の年齢も知らない。わたしも未だに曖昧だ。(おそらく課長とわたしは桐生さんと大吾くらい離れている)

 課長はとても苦労している人だった。苦労を苦労としないことで立っている人でもあった。身の上だけで苦労が分かる人は、言語化しない行間にもぎっしり辛いことが詰まっている気がする。

 世間は理不尽なことばかり起きる。わたしはそうした理不尽を、自分を可哀想がることで何とかやってきた弱い人間だから、理不尽を理不尽としないこと、それに対して自分にも他人にも同じだけ厳しくあることで自分の足で立つ人はそれがどんなやり方でも一定の尊敬に値すると思っている。

 自分を哀れまないこと、他人に同情を求めないこと。とてもむつかしいことだと思う。

 


 ひとことだけ、わたしに「わたしもろうさんくらい若かったらね、」と話してくれたことくらいが、課長の見せた弱い部分だったように思う。

 


 もうひとり、辞めると話した直属の先輩がいて、先輩と課長はびっくりするくらい仲が悪かった。どちらも悪い人でないのに不思議だと思っていた。

 


 先輩とも一度お茶をした。先輩は私大の文学部で芸術学を専攻していた人で、私が美大であることをよく褒めてくれていた。

 先輩は、親が放任で「好きなことをしなさい」という家で育ったらしい。実際、弟は芸術学で博士課程まで進んでいる。

 しかし、先輩は昔からそういう風に自由に(見える)生き方を選択出来ない人だったそうだ。私に対して、弟を見るときと同じような憧れの眼差しを向けてしまう、と言っていた。

 


 私は自由な人間ではない。宙ぶらりんなだけである。

 この子があなたの弟だよ、と全然知らない子どもに会わされたとき、今日まで使っていた名前が明日から変わるよと告げられたとき、自分を自分たらしめていた自分以外の足元ががらがらと瓦解する音を聞いた。

 「選択できない」というのは、できなかったとしたって選択しないことを選択しているという責任が発生している。しかし「できない」という言葉選びに滲む自由意志の欠如は、時に人を他責的にする。

 政治だってそうだろう、と思う。選ばないことで選ばない責任が生活に少しずつ侵食していることに、選ばない人は気がつかない。

 しかし選ばなかったら誰がわたしを救ってくれるのか、否、誰も救ってくれない。わたしのことはみんなどうでもいいから。

 それが自由ということなら、わたしはかなり自由な人間だと思う。

 ただ、どこかの大学のパンフレットにも書いてあったが自由は望んで手に入れるものではない。わたしは今振り返っても自由に生きるしかなかったと思う。やりたいようにやるために今この瞬間も生きている。

 


 課長に「わたしとあなたは似ている。」と言われた。

 似ていないと思う。わたしはそんなに強くないから。

 


 仕事を辞めて、自分を好きになれるだろうか、最近はそれだけが不安だ。